🦋小説・お正月

「なんで年を数えるのかって? 」
床に座り込んでお気に入りの画集を眺めていたサイレンスが、ソファに寝そべるヒューズの腹に、不意に身をもたせてきた。
新年まであと1時間。二人はリビングで、思い思いに過ごしていた。
付けっぱなしのテレビは、新年を祝おうと街に繰り出した人々を映し出している。

ヒューズは毎年、手当欲しさに年末年始の勤務を買って出ていたが、今年はやめにした。恋人もできたことだし、たまにはゆっくり過ごすのもいいと思ったのだ。掃除も買い出しも大したことはしなかったから、結局のところ、いつもの休暇と変わりなく、だらだらしているだけなのだが。

『はーあ、また年取っちまうのか』
テレビに飽きたものの、起き上がって本を取りに行くのも面倒くさい。ヒューズは仕方なしにスマホをいじりながら、ほとんど意味のない独り言を口にした。そこにサイレンスが、思いがけず食いついてきたのだった。

早く答えろ、とサイレンスが唇を尖らせた。彼は時々こんな風に、ヒューマンの暮らしに対する素朴な、すなわち根源的な問いを投げかけてくる。学のある連中がその辺にいれば、さっさとバトンを投げるのに。
「誰かが数えた方が便利って思ったんだろ。ほら、こんくらい大きくなりゃ学校に行けるなとか」
実に適当な答えだが、あながち間違いでもないと思う。
長い後ろ髪を前の方に引き寄せ、赤いリボンに手をかける。解くな、とばかりに手の甲を軽く弾かれた。
「妖魔は同じ姿でずーっと過ごしてくんだろ? だから年単位で物事を考える必要がないんじゃないか」
リボンは諦めて、頬にかかる髪の内側に手を入れる。冷たい耳。形を確かめたくて何度もなぞる。

『はあい、こちらカウントダウン会場です!』

テレビから一際甲高い声が響く。
「それに、終わりの見えないもんを延々と数えたってしょうがない……の、かも」
合っているかどうかは知らない。
しかしサイレンスはなるほど、とばかりに片方の眉を上げてから、触られていない方の耳を下にして、ヒューズの胸に顔を乗せた。
何だろうと思っていると、とん、とん、と人差し指でリズムを刻み始める。
「……言っとくが、それはカウントダウンじゃない」
天衣無縫な妖魔は、そうなんだ? という表情で顔を上げる。
ヒューズは苦笑してサイレンスの頭を撫でた。
「カウントダウンてのは待ち遠しいときにやるもんなの」

サイレンスはテレビに目を向けてから、再び子供のような目を向けてくる。
「新年がなんで待ち遠しいか?」
細い指がヒューズの厚い胸板を服の上からくるくる撫でた。
「気分を切り替える口実、かな」
くすぐったいので両の指で両の指を絡めとる。きゅ、と掴まれた。するりと指を抜き、ほんのり紅いのに冷たい指先を、一本ずつなぞる。
「来年から本気出すぞって。だから新年の抱負とか考えるわけよ。……大抵は新年越した瞬間に忘れちまうけど」
ヒューズの手つきに、サイレンスがじれったそうな顔をし始めた。指先に軽く口づけをしてから半身を起こすと、サイレンスは待ち兼ねていたように起き上がり、ヒューズの腰に跨ってきた。キスをしようと抱き寄せると、鼻先に人差し指が突きつけられた。
「何? あ、俺の抱負? ……別にないな。毎日頑張ってるもーん」
締まった細い腰を軽く掴み、下から上に撫で上げると、腰が少し浮いた。
多分ニヤニヤしていたのだろう。サイレンスは目をすがめてムッとしたような顔になるが、明らかに照れ隠しだ。
その証拠に、結えられた髪の束が胸元に落ちたと思う間に、端正な顔がゆっくり近づいてきた。

『今日はこのまま初日の出を見に行きまーす!!』

「!」
テレビから漏れた嬌声に驚いたサイレンスが、唇を重ねる前に身を起こしてしまった。
「……」
なんでテレビを切っておかなかったのだろう。
手を伸ばしてテーブルの上のリモコンを取ろうとしたが、白い手に押さえられた。
サイレンスはテレビをじっと見つめ、唇を人差し指でなぞっている。何かに興味を惹かれた時のクセだ。唇の中心で指を止め、目を細めてヒューズを見下ろす。
「おい……まさか見たいのか? 」
サイレンスはそのとおり、と満足そうな笑みを浮かべる。
「夜勤明けに嫌ってほど見てるヤツと何も変わんないけど……」
「……」
「何だよ、お前は気持ちを新たにしたいワケ?」
そうではないが、折角なら見てみたい……と、甘えたような顔で首を振る。こりゃダメだ……、ヒューズは、興を醒ます努力を早々に諦める。
トクベツな年末年始にもってこいなイベントではある。新年の訪れに特別の感慨を抱かない者にとってすら、元日の日の出に清浄さを感じずにはいられないものだ。そういう雰囲気を知るのは、サイレンスにとっても良いことだと思う。気持ちを後押しするように、テレビの画面に日の出時刻が表示された。
「7時前か……。ここらで見るにしたって、広いとこまで行かなきゃならんし……今寝たらギリギリ起きられるってとこだな」
ーーこっちは来年までお預けか。まあ、明日も来年だけど。
サイレンスの腰をやや未練がましく撫でながら、ヒューズは着手しかけたもう一つのトクベツなイベントを中止することにした。
「よし、じゃ降りて」
薄い尻をぺしりと叩くと、サイレンスが不思議そうな顔で見返す。
「何が、じゃない。寝るの。言ったろ、ギリギリだって」
二人とも、決して寝起きは良くないのだ。
「あ、こら……」
サイレンスはヒューズの話を無視し、ヒューズの胸を押さえながら、誘うようにゆるゆると腰を動かす。
「ダーメだって、始めたら5分10分じゃ終わんないだろ」
二人とも、決して理性的ではないのだ。
慌てて腰を押さえ、動きを止める。
サイレンスは小さく口を開け、無邪気な顔でヒューズを見返した。なら寝なければいいだろう、とでも言うように。
「アホ!そんなにもつか!」
ふんぞり返って鼻を鳴らすような顔。試してみなければ分からないだろう?
成功したとして、そんな不浄の体で黄色い日の出を拝んでどうするというのだろう……。
「全く呆れるよ」
半分は深夜のイベントの再開を歓迎している自分の半身に向けたものだ。
ヒューズは、金の髪が揺れる肩を掴み、薄紅い唇を引き寄せた。

※※※

薄闇に、カーテンの隙間から一筋の光が漏れている。

「なあ」
「……」
ヒューズはサイレンスを後ろから抱きしめ、髪の間に顔を埋める。
「今年の抱負決めた」
「……?」
「大晦日は、11時に寝る……」
言い終わると同時にヒューズは意識を手放した。

Happy New Year!


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